最後の琵琶盲僧

大切にしている琵琶に関する何冊かの著書。その中の一冊が「琵琶盲僧 永田法順」。琵琶を背負い檀信徒の家々を訪ねて加持祈祷を行う盲僧は、今では絶えてしまった。最後の琵琶盲僧と云われた永田法順が亡くなって、今年で10年になる。

一度だけ法順の琵琶を聞いた事がある。東京に来ると聞きつけて、何がなんでもと出掛けたことを覚えている。どっしりと座って琵琶を抱える姿が思いの外小さく見えた事と、その野太い声の響きが思い出される。その時、私は琵琶を手にして何年めだっただろうか?ただ違う琵琶の種類を確認するのに精一杯で、日毎夜毎人々の祈りに寄り添い続けている法順の琵琶を受け止める事が出来なかった。
そしてこの本も今改めて読み返し、盲僧が担ってきた琵琶本来の役割を再確認する事となる。

ただ音を出す楽器ではなく、琵琶そのものに神が宿り、その存在は仏の化身とも云われてきた。その琵琶を大切に扱い敬ってきた盲僧、そして檀家の人々。この本を読んでいると、法順と檀家の人々との厚い信頼関係を伺い知る事が出来る。
琵琶を弾じるのはこんなにも尊い事なのか。

成り立ちや種類は違えども、私も琵琶を弾くものとして、せめて聞く人の心に寄り添う音を届けたいと願っている。

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There are 2 comments on 最後の琵琶盲僧

  • 小久保美保子 on

    「琵琶盲僧 永田法順」今、読了しました。知識でしか知らなかった琵琶盲僧が生身のからだをもって立ち上がってきました。大変なことだったんですね。法順師が寺に入るとき「山に登り道はそれぞれあるが、眺める月は一つ」と父親から言われたという話がありました。私も若いころ、人生の師から言われました。「分け登るふもとの道は多かれど、同じ高嶺の月を見るかな」一休禅師の道歌だそうです。琵琶もきっとそうなんだろうと…..  いい本を教えてくださってありがとうございました。

    • コメントをありがとうございます。早速「琵琶盲僧 永田法順」をお読みになったのですね。この本を改めて読んで、琵琶がただ音を奏でる楽器ではない事を再確認しました。“自らの声と琵琶の音で宇宙が現れる”、法順のような琵琶の使い手はもういないのではないでしょうか。

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